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モヒートの歴史 - Mojito History

モヒートに似た飲み物は、かなり以前に存在したと言う説があります。

海賊の登場

1500年代後半、リチャード・ドレイクというイギリスの海賊が、アグアルディエンテ (さとうきびを原料とするスピリッツで、荒削りなラムの前身) 、砂糖、ライム、ミントを混ぜてモヒートに似た飲み物を作り上げた。
彼は、南米とカリブ海を恐怖に陥れることを生業とする海賊フランシス・ドレイクの部下で、そのボスのあだ名にちなみ、その飲み物を 『エルドラケ (ドラゴンの意味)』 と名づけた。
ドレイクがキューバを拠点の島として利用していたため、キューバにその飲み物が入ってきた。
また、このエルドラケというドレイクのカクテルは、メキシコ、コロンビア、ベネズエラを含む他の南米諸国でも飲まれている。
エルドラケは、 『ドラクエシト』 あるいは 『リトル・ドラゴン』 とも呼ばれ、早くも19世紀前半には、キューバの労働者階級の間で人気の飲み物となった。
キューバの作家ラモン・ド・パルマ1838年の著作では、主人公が予防薬として毎日飲む様々なカクテルのひとつとして、ドラクエシトを言及している。


現代版のモヒートの幕開け

現代のモヒートに限りなく近いレシピとして、最も古い文献は、スロッピー・ジョーズというBARのバーマニュアル1931年版と1936年版にある。
キューバの作家フェデリコ・ヴィロシュも、1940年の著作でモヒートのレシピに言及している。
エンジェル・マルティネスはキューバの首都ハバナで、1942年に雑貨屋としてラ・ボデギータ・デル・メディオを開店し、1946年にはレストランバーに改装したが、そこではモヒートが無類の人気を得たと言われている。
ラ・ボデギータ・デル・メディオを訪れたのは、学生、ミュージシャン、それにアーネスト・ヘミングウェイ、ブリジット・バードット、ナット・キング・コールを含む後に有名人となる人々だった。
ラ・ボデギータ・デル・メディオは現在、観光客が好んで立ち寄る、ハバナでの観光スポットとなっている。



そのうち、キューバからわずか90マイルのキーウェストにモヒートが伝わった。
地理的に近いため、キューバキーウェスト間では古くから人々が行き来していた。
アーネスト・ヘミングウェイも、モヒートをキーウエストに伝えた一人かもしれない。
スロッピー・ジョーズのオーナーであるジョーラッセルの友人であり、釣り仲間であった。
スロッピー・ジョーズがキーウエストに店を構えたのは1933年のことで、おそらく、現代に近いモヒートをその頃に初めて出されたに違いない。
時を同じくして、アーネスト・へミングウエイはキーウエストに住んでおり、キューバとの行ったり来たりを長い間過ごしていたことはよく知られたことだ。
その後、モヒートはマイアミに移動し南海岸の景色とともに相まって人気を博した。


Barビルバオの偏見

せっかくロマンに満ち溢れた歴史を紹介したのですが、定説ではなく通説です。
実際にエルドラケは存在したのですが、モヒートとエルドラケを結びつける文献は発見されておらず根拠は存在しません。
モヒートに関しての現在確認されている最古の文献は、スロッピー・ジョーズというBARのバーマニュアルです。
モヒートの歴史は海外の書籍やサイトを訳せば、まことしやかにこのような諸説が掲載され、海賊が登場するなどロマンも感じることは出来るのですが、色眼鏡なのか?私の目には、白欧絶対主義が見えます。
我々が持ち込まないと土人は何もできない・・・と。
モヒートの起源について、キューバさとうきび畑で働く労働者の間で飲まれていたグアラポと呼ばれるさとうきびジュースが発展したものであるという説もあります。
by Bar BILBAO


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